ママ

2011年11月12日(日曜日)
Ctrl+スクロール で文字を太く大きくできます。




「ママ」



 トマトが落ちてきた。潰れた。とんびは飛んでいた。空をクルクル回って悠々と。トンビはそんなに安泰ではない。カラスなどは何とも思っていないようで、攻撃を仕掛けたりする。テレビで見たんだ。

 乳母車を押していた。乗っているのは子猫なんだ。空には太陽がギラギラ。まぶしい。暑い。アイスキャンディーが食べたいな。前を歩く女の子のお尻が欲しい。

 日は陰(かげ)ってきた。乳母車の子猫をどうしよう。どこに連れて行こう。きっとママにしかられる。ママーッ。
 僕は男で、ママを恐れている。ママのどこが怖いかって。規則と歯車と、強制だと思う。ママにはかなわない。ママーッ。
 お月さまと太陽が同時に昇ってきて、暗い空を皓皓(こうこう)と照らす。ママの顔を思い出そうとするけれど、輪郭が浮かばない。僕の頭はおかしいのかって。子猫にミルクをあげなきゃ。お腹を空かせているようだ。僕も腹が減ってきた。ママのご飯を食べに急いでお家に帰ろう。ママーッ。

 クルマがひっくり返って駐車してある。タイヤが4個空を向いている。スポーツカーだけれど、あれでは走れないだろう。よく見たら、運転手もひっくり返って座席に座ってらあ。ハンドルを握って、煙草を吹かせている。態度が悪そうで、目つきも変そうだ。運転しているところなのだろうけれど、進んでいないよ、オッサン。

 ママの呪文に負けているうちは、僕には女は手に入らないだろう。ママーッ。
 僕がママに呪文を掛ければいいや。ハンドロコンチロキロプンドー。今度は僕の番だ。

 太陽は沈み、月も沈んで、ステンレスの電燈が灯(とも)った。暗い空は明るくなり、蛾が集まり、気分はしぼんだ。また明日が始まる。今日は終わる。僕の居場所はなく、空は空気が一列にどこまでも並び、遠くまで伸びている。足首風船※を乳母車に縛り付け、どこまでも歩いて行った。

※足首風船とは、足首を切り落とし、逆さにしたもの、血が滴り落ちている男の足の形をした風船。切断面もリアルに作ってあり、スネ毛も見える。


 きみは遠く、僕はうつむいてトボトボ家路につく。